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烏兎
不思議なもので、年の瀬が近づくと、古い知人に会いたいと思うことがある。忘年会だ何だと浮かれた世間に振り回されているのか、心残りを清算したいと感じているのか、この思いの出処は解らないけれど。
そんな考えを巡らせながら、俺は前を向いた。学生時代に歩き慣れたその道を懐かしむような心の余裕はなく、待ち合わせているカフェに向かって黙々と歩く。寒さのせいか縮こまるように丸まっていく背中を、半ば無理やり伸ばして。
到着したカフェの扉を開けば、待ち合わせ相手の姿がすぐに目に入った。店内の暖かさで曇った眼鏡を軽く拭ったが、思うように視界はクリアにならない。入店した俺に近寄ってくれた店員へ一言告げて、彼女が座るテーブルへ歩み寄る。この十年振りの再会に高揚しているのか、緊張しているのか。自身の複雑な心境が把握できないまま、今日を迎えてしまった。
「...ご無沙汰」
「お互いね」
ここへ来る道中、いや、再会を決めた日からずっと、何と切り出すべきか悩みに悩んで。捻り出すように吐いた一言は、我ながらあまりにも素っ気ない。しかし、彼女から返された言葉も思いの外シンプルで、それはそれで俺の不安を煽った。マスクの下で震える唇を、食いしばるように浅く噛みしめた。
「何か...全然変わってないな。安心した」
高揚も緊張も取り繕う余裕がないのか、思ったままの言葉が口をついて出る。彼女の正面に座って顔を上げると、こちらを見た顔がニヤリと意地悪そうに微笑んだ。
「きみは老けたねぇ」
「何年経ったと思ってんの」
返された軽口に苦笑いして応じたものの、発言した瞬間に(しまった。)という思いが頭を過る。
「こっちの台詞。碌な挨拶もしないでどっか行って、何年経ったと思ってんの?」
彼女は呆れたように溜息を吐いて、ティーポットを傾けて紅茶を注いだ。途中、ふっと小さく笑うように微笑んだ顔は柔らかさを増していて、変わっていないと思いながらも、これはこれで歳をとったのだと思った。丸くなった、などと口にしたら怒るだろうか。
「十年」
そう、十年経った。学生だった自分たちは、明確な理由もないまま付き合って、それが何を意味するか解らないまま別れて、環境が変わって疎遠になった。この歳になって思い返せば、よくある青臭い話だ。
「...それで?わざわざ結婚の報告でもしに来たの?」
「んな訳ない」
「違うの?」
あ、今、彼女の気が緩んだ。そう気付いた瞬間、この再会に緊張していたのは自分だけではなかったことを認識して、少しだけ嬉しくなった。
注文したコーヒーが提供されて、俺はようやくひと心地着いたように、彼女以外の背景が視界に入るようになった。当たり障りのない近況を交わしながら、(今更会わない方が良かったんじゃないか。)とか、(人の気質ってやつはそうそう変わらないものだな。)とか、様々な考えが巡ったけれど。今更のように呼び出した俺に、彼女が会いに来てくれたら、と勝手に賭けていた結果が、今ここに在る。
「俺、やっぱ」
「何言うつもり?」
こちらの意図をいち早く察したかのように、彼女はぴしゃりと俺の言葉を遮った。
「被せてくるじゃん。せめて、言わせて」
困ったように目を細めてみたけれど、自然と笑みが零れた自分に気付く。気恥ずかしくて彼女の顔を直視できないままの落とした視線の端で、不機嫌ではない、対応に困ったような彼女の表情が見えた。眉間に皺を寄せたまま、困ったような表情を隠すように、彼女も俯いたようだった。
「...やっぱ、一緒に居る時間、好きだなって」
その一言を伝えたいだけで、こうして彼女を呼び出し、自分も遠路訪ねてきたのだ。改めて考えると、あまりに阿呆らしい。自分も、こうしてここに来てしまった彼女も。
「今更、」
そこで彼女の言葉は途切れ、あからさまな溜息が吐かれた。「馬鹿みたいなことを言うな」なのか、「余計なことを言うな」なのか、などと悪し様に言われるような次の言葉をいくつか思い描いて。少しの間に思い付いた自分の思考に、気が滅入る。
「周回遅れすぎる」
「え?」
続いた言葉は俺が勝手に想像した言葉とは異なり、怒気ではなく、呆れたような声色で返されたことに疑問符を返すしかなかった。
「遅いっつってんの。こっちは昔からそうだよ。
だから、別れた後すっごい後悔したし、何ならしばらく引きずったし」
彼女は小さく溜息を吐いて、「ま、昔の話」と付け加えるように呟いて笑った。だからといって今更また付き合おうとか、そういうことではない。そう言いたいのだろうか。若い頃は “別れる = 連絡を取らなくなる” という流れが当然のことのようだった。しかし、歳を重ねて思い返せば、そもそも疎遠になる理由も無かったんじゃないかって。元々、気の合う友人であったはずなのだから。
「ごめん」
「謝んな、ばか」
謝罪の言葉以外には何も思いつかなくて、返す言葉も見当たらないままの間が空いた。
「...また、昔みたいに声掛けてよ」
視線を合わせてもらえないまま、ひとり言のように零された言葉。(ああ、連絡して良かった。)と、声にはせず噛みしめた。
「そうする」
このやり取りが、たとえ浮かれた世間に振り回されたものだとしても。
20241226
blue
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