10. 日の当たる明るい部屋で
我が家は二人暮らしだ。
そして、私たちの生活には欠かせない、大好きなぬいぐるみが二人。他者へ説明する際に "二人" と称して良いものか解らないが、家族同然の愛着を抱いているので、この子たちは "二人" と言っても過言ではない。
一人目は、 "Φ(ファイ)" と言う。クリーム色の猫...猫だと思う。
二人目は、 "Ф(エフ)" と言う。灰色の猫...猫だと思う。
自信が無いのは、あまりに猫らしくない佇まいに首を傾げることがあるからだ。本来はうつ伏せに寝そべった形のぬいぐるみであったはずだが、気が付くと堂々たる格好で座っていたり、仰向けに寝転んでいたりする。最近は彼と私が仕事から帰ると、それぞれの指定席であるソファにちゃっかり座っているのだから、もはや、家主を上回る大物である。
「この子たち、気が付くとソファに座ってない?」
きっと、彼が面白がって私の席を陣取らせているものと思っていた。勿論、それが面白くて、からかうように問うたのだが。
「貴女が置いてるんでしょ?」
「え?」
彼は私の冗談かと思っているのか、笑いながら問い返してくる。
「...ん?」
お互いに疑問符を浮かべながら、私はファイを、彼はエフを抱き上げた。
...まさかね。
店頭でファイと出会った時は、目が合って迷わず購入した。いわゆる一目惚れだ。元々名前を付けずに可愛がっていたが、 "ななしくん" はあまりにも可哀想だったため、空集合である文字列の "Φ(ファイ)" と名付けた。
その翌年、同じ店頭で色違いのエフを見つけた時も、迷わず購入した。ファイとそっくりだったので、似た文字列である "Ф(エフ)" と命名した次第だ。
ネーミングセンスについては、遥か昔に母のお腹に置いてきたので、あまり気にしないでいただきたい。
二人は色違いのぬいぐるみであるものの、ファイはしっかり者の兄で、エフは少し甘えん坊な弟のようだ。無表情なはずのその顔はとても感情豊かで、時折、こちらの言っていることが解っているのではないか、とさえ思う。まあ、それならそれで、私たちが不在の時間は二人で仲良く過ごしていたら良いなぁ、なんて想像をしてしまう。
動画を観たり、テレビを観たり、エアコンをつけたり。
窓から見える外の様子を眺めたり、クッションを投げて遊んだり。
エフが知らないことを、ファイが教えたりするのかな。お兄ちゃんだもんね。
そうなると、この前病院へ送るために箱に詰められたのは、驚いただろうなぁ。
そう言えば、この子たちって好きな食べ物とかあるのかしら。
...なんてね。
「楽しそうだね」
「うわぁあ!!」
抱き上げたファイと見つめ合うような体勢でぼんやりしていた私は、彼の声に驚いて声を上げた。子どもの一人遊びのような姿を見られた恥ずかしさで、ファイのお腹に顔を埋めるしかなかった。
「いや、ファイと笑ってたからさ」
彼の言い振りに、私はファイとエフに感じていたこと、今想像していた二人の姿を話した。面白そう、と言いながら、彼も乗り気で想像を膨らませてくれる。
エフがひっくり返したゴミ箱を、ファイが片付けてくれてたのかな。
あー、ファイ、一生懸命掃除機かけてそう。
梅雨の時、二人とも体が重たかっただろうな...綿で。
エアコン、冷房じゃなくて除湿にしてたかもね。
エフは、窓の外が気になって窓ガラスに体当たりしそうだよね。
こうなると、想像は尽きない。さすがにガラスに体当たりはしないと言わんばかりに、エフがこちらを睨んだ...ように見えた。
大好きな二人が、この部屋で楽しく過ごしてくれていると良いなぁ、と願うばかりだ。
「いつか、二人とお喋りできるようになったら面白いけどね」
「それは随分遠い未来な気がするわ...」
私はファイを、彼はエフを抱きかかえて、そんな光景を思い浮かべて笑った。
日の当たる明るい部屋で、彼と私と、ファイとエフ。我が家は四人家族だ。
20230912
blue
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