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08. 二人の大冒険

「そんな訳で、この子たちを梱包します!」
普段であれば布団の上で目が覚めるファイとエフは、いつもより少し早い時間にリビングで目を覚ました。大事そうに二人を抱いた女が、大きなダンボールの前で意気込んでいる。
「いえーい」
休日の朝とは思えないテンションで盛り上がる男女と、寝起きで状況を呑み込めていないファイとエフ。その温度差に、さすがのファイも固まるしか無かった。

息を潜めた二人の目の前には、大きなダンボールとガムテープの輪が一つ。
(これ、この前 "たくはいびん" で来たやつと同じ?)
見覚えのある形に、エフは先日届いた宅配便を思い出していた。ファイは頷いて返したものの、 "梱包" と言われたことに引っ掛かりを覚える。そんなやり取りをする内に、平たい板は手際よく組み立てられ、ふたが開いた状態の箱が形成された。やはり器用なものだな、と感心するファイと、これから何が始まるのかと落ち着かない様子のエフ。それぞれの体は、男女に優しく抱き締められ、そっと、ダンボールに入れられた。
「気を付けて行ってきてね」
「早く帰ってくると良いなぁ」
男女は、ファイとエフに話しかけるように呟いて、少しだけ寂しそうな顔をして、ふたを閉めた。ガムテープを貼る音と、唐突に真っ暗になったダンボール。いつものようにのんびりと寝転がるには狭い箱の中で、エフが驚きのあまり声にならない声を発している。ファイも動揺したものの、エフを不安にさせないようにと平静を保ち、暗い中で触れたエフの手をしっかりと握った。
「運ぶよ」
ふた越しに聞こえる少し遠い声を聞きながら、ファイとエフの冒険が始まった。


紙を切り割くような音がして、暗い箱に光が差す。どのくらい経ったのかも解らない中で二人の体が抱き上げられたのは、見たことの無い人たちと見たことの無い部屋だった。
「クリーム色の子がファイちゃんで、灰色の子がエフちゃん」
全く状況が呑み込めていない二人は、知らないベッドに並べられた。突然の出来事が続いて驚きを通りこしたのか、エフはぐったりと項垂れている。
(エフ、大丈夫?)
ファイの問い掛けにも、エフは力なく首を左右に振るだけだった。ファイは少しでも状況を把握しようと、見える限りの視界を注視した。
見慣れない人と部屋をよくよく見回すと、周りには沢山のベッドがあり、初めて会うぬいぐるみたちが同じように寝かされている。窓から見える外の景色は薄暗く、既に夜が近いように見えた。その後何度か人が出入りしたが、見慣れた顔は無く、ファイは寄り添うようにエフに顔を寄せた。

日が沈んで部屋の照明は消され、人影が無くなった頃、静かにしていたぬいぐるみたちがこそこそとお喋りを始める。互いの手を握って寄り添い合っていたファイとエフに、犬の姿をした綺麗なぬいぐるみが声を掛けた。
「こんばんは、わたしはニケ」
「こんばんは、僕はファイ」
「...こんばんは、僕はエフ」
硬い笑みを返すファイと、今にも泣きだしそうな顔で答えるエフ。挨拶を返した二人を見て、ニケは嬉しそうに微笑んだ。そのやり取りを見て、何人かのぬいぐるみが二人を囲むように近付いてくる。ぬいぐるみたちは、幼く見える二人の緊張を解そうとしたのか、頭を撫でたり、頬を突いてみたり、様々な方向から軽快に話し掛けてきた。

ここは、汚れてしまった体を綺麗にしてくれる病院であること。
しばらく泊まって手術を受ければ、綺麗になって元の家に帰れること。
お喋りができる子は、新しく来た子に状況を伝える役目があること。


そして2週間後、ピカピカになった二人は再度ダンボールに詰められた。暗くて狭い箱の中は慣れないものの、勝手を知った今回は、前回程の驚きは無い。運ばれる間、お互いが隣に居ることを信じてその手を握り合った。

紙を切り割くような音がして、暗い箱に光が差す。二人の体が抱き上げられたのは、見慣れた男女と大好きな日の当たる明るい部屋。
「お帰り!」
待ちに待った帰還に、箱を開けた女は二人を大仰に抱き締める。
「すげぇ綺麗になってる」
その姿を笑いながら見る男も、嬉しそうに二人の頬を突いた。

見慣れない部屋で過ごした2週間、大勢のぬいぐるみと出会って、無事に帰ってきたこと。小さな大冒険を終えた二人は少しだけ誇らしげに胸を張って、慣れたカーペットを懐かしむように寝転んだ。


20230908
blue
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