07. いつも一緒
朝と言うには遅い頃、日の当たる明るい部屋で二つの体が起き上がる。
いつものように大きな欠伸をしようとしたエフの口を、少し先に起き上がっていたファイの手が慌てて塞いだ。
(エフ、ちょっと待って)
布団の上には、ファイとエフの二人だけ。だからこそいつものように起き上ったのだが、リビングから聞こえる声に驚いて、音にならなかった欠伸をそっと呑み込んだ。
「...それでは、後ほど改めてご連絡させていただきます。」
(何で?今日もお休みの日?)
エフの驚きはもっともだったが、休日であればソファに座っている女が、姿勢を正して椅子に腰掛けている様子に、ファイはただならぬ状況と察していた。
(いや...)
毎日外に出ている人が、休日とは異なる様相でノートパソコンの画面を凝視している。画面に映る内容までは二人から見えないが、その声の緊張感から、どうやら仕事をしているのでは、という結論に至った。
しばらく様子見に徹していた二人の前に、男が通り掛かる。別室から来て、冷蔵庫からペットボトルを取り出して、また出て行った。休日は仲の良い二人だが、お互いに仕事中ということもあるのか、会話を交わす様子は無い。
(二人とも居るけど、静かだね...)
エフは何とも言えない顔をして、静かに布団に寝転がった。いつもどおりではないという現状を理解したのか、エフは少しつまらなそうにしている。
お気に入りのテレビも観られないし、お喋りもできない。
たまに窓の外に来る "パンダ鳥" を見て笑うこともできないし。
不貞腐れたように呟くエフは、ぎりぎり許されるであろう範囲を見計らうかのように、布団の上でコロコロと転がる。仕事をしているであろう二人が寝室に来る様子は無いと考えたのか、これでもかと言わんばかりに掛け布団に巻き付かれていた。その姿を見て、ファイは堪えきれずに笑い出す。
(エフ、しーっ!)
声を抑えながらも笑いを止められないファイが面白くて、エフは体勢を変えながら、コロコロと回る。むしろ掛け布団に遊ばれてない?と息を切らしながら笑うファイに、エフは、いつだったか彼が言った言葉を思い出していた。
「だって、エフが居るから」
...そうか、こういうことか。
何があっても、何も無くても、ファイが居るから。
エフは唐突に理解して、また気恥ずかしくなって、包まれた掛け布団の中で少し笑った。
夕方の放送が聞こえてから少し過ぎた頃、ノートパソコンを閉じた女は、いつものソファに戻って溜息をついた。間も無く別室に居た男も、リビングに戻ってきた。
お疲れさま、と声を掛けた男に、力なく座ったままの女は苦笑いを返している。
「おつおつ。全然集中できないわ」
「慣れるまで辛いね」
男も苦笑いをしながら、その足を寝室に向ける。男は布団の上で寝転んでいたファイとエフを柔らかく抱き上げるように抱えて、リビングに戻った。ファイとエフはリビングのカーペットにそっと置かれて、男は冷蔵庫に向かう。二人が置かれた位置からはテレビが観られ、ファイとエフは放送されるニュースを観ることができた。
≪...の感染者数は昨日を上回り、引続き外出自粛の呼び掛けと...≫
「うちの会社、判断早かったよね」
「まあ、できることからやろうって話でしょ」
≪...一部の企業では、順次テレワークへの移行を始めており...≫
緊張感の漂うニュースと、休日と同じように仲の良い二人の会話。リビングに寝転ぶ形になったファイは、この事態を理解した。寄り添うようにエフが隣に居ることで、ファイは小さく安堵の息を零す。
あの時、ニュースを観て感じた不安は、現実になった。
世界中で起きた "悪いこと" はこの国にも来て、とても身近になっている。
大好きなエフと、僕を優しく撫でてくれる二人が無事で居てほしい。
ファイは声にせず、小さな祈りを胸にした。
20230908
blue
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