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05. どこかで起きた事件は他人事ではない

朝と言うには遅い頃、僕たちは日の当たる明るい部屋で起き上がる。
雨が続くと思われていた今朝は、予報に反して暑い程の日差しに迎えられた。

寝直しを要求するエフを起こすところから、今日も僕の一日は始まる。
先日エフに聞いたところ「テレビも面白い」ということだったので、最近は朝一番にリモコンのボタンを押して、液晶画面にニュースを映すことにしている。
「ふぁ...眠...」
そう言いながらも、エフはのそのそと布団から起き上がり、テレビの前に座った。ニュースの合間に流れる美味しそうな料理が特にお気に入りのようで、エフらしいな、と思いながらも、僕は並んで一緒に観ることにしている。

テレビには『気象予報』という見出しが表示され、間も無く日本地図と太陽のマークが数個並んでいた。僕たちの住む場所が梅雨明けしたらしい。
「つゆあけって何?」
聞き慣れない単語を尋ねてくるエフは、テレビの言葉を聞き流すこと無く、一生懸命に理解しようとしているようだ。僕もそうだったかな?と思い出そうとするけれど、エフと一緒に居る時間が充実しすぎていて、もう、ほとんど思い出せない。

雨が続く時期があること。
それを「梅雨」と言って、その時期が終わることを「梅雨明け」と言うこと。
梅雨が終わると、暑い暑い「夏」という季節が来ること。

そんな話をしている内に、天気予報のコーナーは終わっていた。普段はこの後、エフがお気に入りの料理コーナーが始まる。この部屋では滅多に料理がされることは無いが、世の中には、毎日する人が居るということらしい。それならば、色んな料理を紹介してくれる番組は、多大な需要があることにも納得だ。
しかし、今日の画面内は様子が違って、ニュースを報道するアナウンサーが映された。
「いつもの美味しそうなご飯の人じゃないね」
"美味しそうなご飯の人" という呼び方はエフらしくて面白いが、画面のアナウンサーは少しの緊張感を持って、坦々と手元の原稿を読み上げていた。何か大きな事件でも起きたのかな、と呟いて画面を見ている僕の横で、エフは期待外れと言わんばかりに寝転がる。

≪...による感染拡大の恐れがあるとして、今日午前、記者会見が開かれ...≫

テレビの中に映される物は、僕たちには関係の無い物が多い。世の中の悪いことや、流行りのカフェ、外の天気だって、僕たちにはあまり関係が無い。まだまだ知らないことも多いけれど、アナウンサーが一生懸命話しているこの事件は、何となく大変なことだと解ってしまった。
「ファイ、何か悪いこと?」
画面を凝視していた僕の違和感に気付いたのか、エフが顔を覗き込んできた。僕はエフに心配させてはいけない気がして、返事を言い淀む。少しだけ戸惑った僕の間が悪かったのか、覗き込んできたエフの顔が心配そうな顔に変わった。まだ解らないけれど、悪いことが起きてるかもしれない、という曖昧な返ししかできなくて、エフは困ったように首を傾げた。ごめんね、エフ。そんな顔をさせたくなかったのに。言葉にしづらい切迫感が喉に詰まって、微笑んで返すことも、謝ることも、弁解することも、僕は何もできなかった。
エフは固まってしまった僕の頭に手を伸ばして、大丈夫だよ、と言いながら撫でてくれた。いつも僕がエフにしているように、優しく触ってくれたから、僕は少しだけ息ができた気がした。

世界中で、何か悪いことが起きているらしい。
それは、この国も無関係ではなくて、身近に起き得るかもしれない。
テレビの中の出来事は、いつも自分たちには関係無いと思っていた。
何があっても、僕はエフを守るからね。

だから、そんな顔しないで。


途中から、僕は泣いていたかもしれない。
その日僕は、言葉にできない不安を抱えて、エフとぴったりくっついて寝た。


20230906
blue
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