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02. この部屋とこの世界

朝と言うには遅い頃、日の当たる明るい部屋で二つの体が起き上がる。
普段であれば、何度も寝直しを求めるエフと、それを引きずり起こすファイのやり取りが交わされるのだが、その日は少しだけ雰囲気が違った。外から入り込む赤い光と、時折鳴るサイレン。初めて見る光景に、エフは欠伸をしながら目を擦る。
「何か、チカチカしてる」
「パトカーだよ。テレビで観たことあるし、ここからもたまに見えるよ」
ファイにとっては既知の物なのか、苦笑いしてエフの頭を撫でた。
「ぱとかー...」
寝ぼけた目と頭で、反復するように単語を拾って、頷いた。
「あのパンダ車、結構うるさいんだね」
白と黒の色合いを思い出しながら、部屋にあった動物の写真を思い浮かべたエフ。その愛らしい名称とは裏腹に、回転灯とサイレンに大好きな二度寝を阻害された恨みがこもったせいか、大層迷惑そうに顔をしかめた。
「パンダ...」
パトカーとパンダが似ているとは、エフに言われるまで思いもしなかったファイは、新鮮な感想だと小さく笑った。

よくよく耳を澄ませば、窓の外からは様々な音が聞こえる。車のエンジン音やクラクション、行き交う人の声。この部屋の外にも世界はあるけれど、この部屋に居る二人からガラス越しに見えるそれは、大きな液晶画面で観る映像と大差が無い。どちらもこんなに近くで見えるのに、自分たちには少し遠い世界だと、エフは他人事のように見遣った。

見遣った先、ガラス越しに現れた鳥と目が合った。ような気がした。
「ファイ、鳥がこっち見てる」
ファイはエフが指差した先を見る。鳥という生き物は沢山の種類が居ることを知っているが、真っ黒なカラスくらいしか見分けがついていない。おそらく、エフも同様だ。しかし、目の前の鳥は、偶然にも白と黒の羽を持ってそこに居たのだ。
「「パンダ鳥」」
示し合わせたように重なった声に、二人は顔を見合わせて笑う。
「絶対...違うけど、」
「違うけど、絶対そう...」
笑い過ぎて息を切らしながら、二人は何度もその鳥を見る。羽の色を見てはまた笑い、ようやく息が整った頃、ガラスの外に居た鳥はどこかへ飛んで行った。その鳥は "ハクセキレイ" という鳥であるが、二人には "パンダ鳥" という愛称で呼ばれ続けることになる。


空が赤くなり始めた頃、遠くから曇った声が響いた。普段聞いていないようで意外と聞き慣れた音楽と、帰宅を呼びかける機械越しの声、そして、それまで騒がしいくらいに聞こえていた子どもの声が徐々に減っていく様子を、エフはぼんやりと聴いていた。

それがスピーカーから街中に聞こえる音であること。
外で遊んでいる子どもたちが家へ帰る時間を告げる物であること。
決まった時刻に鳴るが、季節によって鳴る時刻が少し変わること。
季節が変わることで、日が沈む時刻が異なること。
つまり、日が沈む前にそれを知らせる物であること。

ファイは知っている限りの知識をエフへ話す。
「色んな音がするんだね」
普段は気にもしていなかったエフだが、この日は外の様子を眺めて一日を過ごしていたようだ。その隣で、ファイは嬉しそうに座っている。
「今日は、ちょっと楽しかった?」
ファイにとっては一人で居た頃から見慣れた風景であったが、こうしてエフと眺める時間が好きだ。エフから飛び出る新しい発見も数多くあって、ファイにとって知っていたようで知らなかったガラスの向こうは、益々興味深いものになる。
「楽しかった」
何より、エフの退屈が少しでも紛れたのであれば、素敵な一日だったと、ファイは満足げに微笑んだ。


20230824
blue
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