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01. 全てがある部屋

朝と言うには遅い頃、日の当たる明るい部屋で二つの体が起き上がる。

「ふぁ...まだ眠...」
一度背伸びをしたものの、欠伸混じりに呟いて、薄手の掛け布団の中に寝転んだ。その涼しげな肌ざわりがお気に入りのようで、数度顔を摺り寄せるようにしては、またうとうとと目を閉じる。
「エフ、起きよう」
「起きたって、急いでやる事がある訳でもないし」
エフと呼ばれた子は、お気に入りの布団から離れるまいと、抱きつくように掛け布団を抱え込んだ。しかし、布団諸共引っ張られる形で、その身体を起こされる。お気に入りの掛け布団を手放す事になったエフは、恨めしそうに相手を見遣った。
「ファイは元気すぎ」
「エフが夜更かししすぎ」
視線と共にファイと呼ばれた子は、その視線を何とも思わないかのように、切り返す言葉と共に微笑む。これはいつも変わらない、二人の掛け合いの一つだった。

そこは、特別な物は何も無いけれど、二人が欲しい物は何でもある部屋だった。
これで充分だと微笑むファイの横で、それにしても退屈すぎると溜息を吐くエフ。
今にも二度寝、三度寝を始めようとするエフに、あれやこれやと声を掛けるファイ。
そんな二人が過ごす、小さな部屋でのお話。


この日も、いつもと変わらない一日だった。
とても大きな液晶画面に映し出された動画サイトを、慣れた手付きでスクロールするエフ。これと言って興味の赴く物が無かったのか、リモコンを手放して寝転がった。そのリモコンを受け取るように手にしたファイが、スクロールを少し戻してエフに声を掛ける。
「これ、この前観たやつの続きじゃない?観る?」
「...今いい」
エフは渋々と画面を見直したが、乗り気ではなかったのか、ふい、と目を逸らした。元の体勢に戻って、退屈そうに欠伸を一つ零す。
「じゃあ、僕も後でいいや」
エフの真似をするように、リモコンを手放してその隣に寝転がった。
「ねぇエフ、今日は何する?」
疑問形で尋ねたように聞こえるものの、答えは無かった。ただ、ファイも本気で回答を求めた様子でもなく、並んで寝転んだまま楽しそうに微笑んでばかりだ。
「ファイは、」
溜息なのか欠伸なのか、言い淀んだのか、エフの言葉が途切れた。ファイはエフの方へ顔を向けて、続きを急かす様子でもなく、その間を待つように微笑んでいる。
「...ファイは、毎日楽しそうだね」
それは、退屈な日々をどうやり過ごすか悩むエフが、ずっとファイに問いたかった事だったのだろう。半ば呆れたように言い放って、少しの羨望を隠した。

ここは何でも有るようで、特別に面白い物は何も無くて。
毎日とても退屈なのに、どこに行ける訳でもなく。
自分は、こんなにも退屈にしているのに。
何が、そんなに楽しいと思えるのかと。

「だって、エフが居るから」
それが何だと言わんばかりに、エフは眉をひそめるように目を細めてファイの顔を見た。ファイが当然のように返した言葉だけでは、いまいち意図が伝わっていないようである。それを察したファイは、続けて答えた。
「エフが来るまで、僕はここで一人で、エフみたいに毎日寝てたよ
 でも今は、エフが居るからね」
それだけで充分なのだと、ファイは満足げな笑みである。
「ふーん...」
思わぬ回答に居心地が悪くなったのか、エフは顔を背けた。ファイはその仕草に気付いていない振りをして、背中を合わせるように近付く。普段であれば過剰にくっ付くファイを追い払うエフだが、今ばかりは言葉にできない恥ずかしさを隠すように丸まって、そっと寝る振りをした。


日が沈み始めて少し薄暗くなった部屋で、二人は寄り添うように寝転がる。
特別な物は何も無いけれど、二人が欲しい物は何でもある、小さな部屋でのお話。


20230824
blue
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