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目的地の違う彼と、どこまでも。

私は偶然その場所に辿り着いて、彼と出会った。その瞬間の衝撃とか感動なんて微々たるもので、もう覚えてはいないけれど。それから積み重ねて3年以上経つのだから、少なくとも私には何らかの影響が与えられたのだ。
沢山の時間と会話を共有して余すところなく伝え合った毎日は、きっと私にとって、そこに居る理由の全てだった。



そもそも人との出会いを詳細に語るなんて、不毛で無意味な事は無いと思っている。余程、何らかのトピックが無い限りは、出会いよりもその後の展開や状況で付き合いは変わる訳だし。出会いは大切にしたいが、出会ったという事実は何にも左右されない。
とは言え、あの夏の彼との出会いと第一印象は、その「余程、何らかのトピックがある」部類に入る。

何も、出会った当初から彼と一緒に歩きたいなどと思った訳ではない。いい歳をして何て不器用な人だろう、などと呆れたものだ。まるで野生動物のように1人で戦う姿は、嫌いではなかったけれど、とりあえずの第一印象を問われれば、「駄目だこの人」と。
まずは男女の色恋でもなく、上下の敬愛すら無く、ただ結果的にそこに居る事になった訳で。
きっと、手懐けてみれば愛着も湧くのだろう。


初めは碌に言葉も交わされなかった彼との時間の中で、2人の間で「会話」という手段を選ばざるを得ない機会が増えた。空いた時間を埋める為とは言え、彼が自分の事を一生懸命話し始めたこの頃には、きっと私は彼を好きだった。
そうして様々な会話を交わす中で、彼の持つ将来的な理想と、近年の内に適えたい希望が有る事を知った。私が自分の目標を彼に語ったところから始まったその会話は、歩き始めた場所も目的地も全く異なる彼と私の間で、互いの世界観や常識から説明が必要で、長い空き時間を埋めるという目的に中々適した話題だったのかもしれない。
彼の目前の希望には、彼の自信と、そんな彼を支えて一緒に歩ける協力者が必要だという話をする事になる。これらの話は数回重ねられて、彼と私は何度も何度も、様々な意見を伝え合う事になる。
「実現可能なんだから、やらなきゃ勿体無いですよ」
その頃はまだ、彼は彼、私は私、それぞれの道を見据えてばかりの会話ばかりだった。こんなにも道程の違う2人なのだから、私にとって彼の目的地は全くの他人事だった。

「ずっと一緒にやっていける、俺のチームが欲しい」
呟くように言った彼とのこの時の会話を、私はきっと忘れない。
だって、大きな体で、姿勢の悪い背中で、泣くんだもの。
立派な大人のくせに、寂しい心細い、と泣くから。
「じゃあ、私、お手伝いします」
彼の背中を押そう。少しだけ一緒に歩こう。そう決めた。

それはちょっとした保護欲のような感情だったかもしれない。
彼の話を聞いておきながら、私は彼とずっと一緒には歩けないと決めていた。私には私の行きたい場所があって、それは彼とは決して隣り合わない、私だけの目的地だった。だから、いつかは彼とも離れる事になる。それでも、私が少しだけ遠回りをしたらまだ暫くは彼と一緒に歩けるんじゃないか、などと考えた。その背中を見送るために、私は彼の斜め後ろを歩く。だって、私はまだまだ焦らなくても大丈夫。彼の目的に向かってぎりぎりまで一緒に歩いて、私の目的地へ向かうのはその後でも遅くない。
本当は、ずっと一緒に歩いて、私自身の手で彼を支え続けたかった。悩む程度には揺らいだけれども、結局、私は私の目的地を変える事は無かった。その代わり、私以上に彼を目的地まで支え続けてくれる仲間を、知識を、評価を。少しだけ遠回りした私が一緒に居る間に、彼がそれらを蓄えられたら良い。
私は、そこからまた歩き出せる。


一緒に歩くと決めたからには、最早互いの歩みは他人事でなくなった。縮まった距離感は沢山の言い合いと干渉のし合いを増やした。
ずっと1人だった私たちには衝突する事すら嬉しくて、それでもやっぱり迷って、怒って、うろたえて、泣いて。他では怒らない彼が沢山怒って、他では泣かない私が沢山泣いて、2人で子どものように。
「そんな大人気ないやり方や物言いで、どうやっていくつもりなの」
って、彼は呆れたように言ったけれど。それでも、結局はきちんと彼に従う私が確りと仕事をして、それが彼の評価に繋がると信じていた。彼だけでは力が発揮できないように、私だけでは力が発揮できないように、外堀を埋めて環境を作った。特に私は、世間知らずで扱いに困る子どものままで、彼じゃなければ使いこなせない武器になりたかったのだ。
だって、私も彼も、1人で十分に歩ける大人になってしまったら、一緒に歩いてくれないでしょう。

辛い時、私が疲れきった時、彼が悩んだ時、彼は決まって私に尋ねる。
「いつまで一緒に居てくれるの」
弱った犬のような眼が今にも泣き出しそうで、子どものようだと、毎度思う。
「おっさんのそんな顔、嬉しくないです」
可愛くない、と苦笑いして返すと、今度は拗ねた子どものように口元を尖らせて目を細めた。いい歳して、全く大人気ない人だ。きっとまた、何か勝手に悩んで疲れて、私を連れているその道を諦めようとしているのだろう。
「自分の道に進めるって時機が来たら、行っちゃうよね」
そうして顔を背けた彼の背中に私は決まって返すのだから、これはきっと、彼と私の合言葉だった。
「まだ大丈夫だよ」


出会ってから3年半を過ぎたある冬の日、彼は突然居なくなってしまった。




まだ大丈夫って言ったじゃない。
私がそう言ってその背中を叩く限り、諦めずに前を向いてくれたじゃない。
私の知らないところで死んでしまった彼なんて、信じない。


あんなに片付けが苦手だった彼の机は、何日経っても綺麗なままで。ああ、本当に居ないんだ、とぼんやり思った。それは喪失感と似ていたけれど、そんな簡単な言葉で表せるものではない。
色んな事を知っているつもりだった。沢山の知識と知恵を身につけ、馬鹿な子どもではないと思っていた。それでも、どうすれば良いか解らないなんて情けない話だ。この事実を信じるとか信じないとか、もう、そういった次元ではない。ただ、彼の居ない毎日が躊躇無く過ぎていく。

いつかは分かれる道だった。それが偶然こんな形で別れる事になって、突然私は1人で歩く事になって。
本来であれば、彼も私ももっと早くから別々の道に居て、私が少し遠回りして彼に残した置き土産と一緒に、彼が彼の目的地に向かって歩き続けてくれたら良かった。ただ、そんな理想はもう適わない。だから、私もその背中を見守り続ける必要も無くなってしまって、だから、少しだけ遠回りしたこの道を引き返せば良くて。
今ではもう、それだけの事。
それだけの事なのに、恐らく他に知る人の居ない彼の理想と、2人で話した沢山の未来と思い出が、私の中で鮮やかに混ぜ返る。私はもう1人で歩かなきゃいけなくて、彼の為に大人気なく居続ける必要も無くなったのに。

私は、子どものように泣いた。

色々な事があった。そんな一言で済ますのはとても足りないけれど、もう、それ以外に例え方を知らない程に。
私だって彼だって、本当はきっと、1人でも歩けていたのだろう。それでも一緒でなければ歩けない振りをしてまで、2人で歩いてきた。そのくらい大切だったし、彼もそう思ってくれていたなら良い。成しきれなかったことも沢山ある訳だし、このまま彼の道をもう少し進むのも私に与えられた選択の1つだ。ただ、彼の居ないこの場所はとても空虚で、私には少し居心地が悪い。何より、私が代わりに彼の目的地へ到着しても意味は無いのだ。私は私の目的地へ向かうしかなくて、きっと、それ以外に歩き続けられる自信が無い。彼と出会ってしまうずっと前から決めていた目的地は、今もぶれる事無く私の目的地だ。彼と歩く為に少しだけ遠回りはしたけれど、少しだって足を止めた事は無かった。
私は私の目的地へ。例えば、こんな形で彼の足が止まっても。


「いつまで一緒に居てくれるの」
また今度彼に問われる事があれば、いつもどおり胸を張って答えてあげよう。
「まだ大丈夫」
だって、最後まで手を離さずに歩けた。



20130423
blue
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